So-net無料ブログ作成
検索選択

ウランバートル放送局 (2) 日本語放送開始初日の受信音 [アジア]

実は先回の記事の内容はモンゴルの声日本語課にも知らせていたのですが...

1月21日付け「ラジオの声」(radio_no_koe)のブログ記事: 

http://radio-no-koe.seesaa.net/article/446170608.html 

を見てびっくり。モンゴルの声 日本語 1月19日の放送で早くも特集が組まれたようです。 

モンゴルの声 日本語サイト: http://jp.vom.mn/

弊ブログの受信音も採用されております。 

 XYZさんのポータルサイトでradio_no_koe のブログ記事を見つけ、さらに放送局サイトでの音声ファイル聴取... 情報技術の進歩により、このような放送を聞き逃すことがなくなりました。XYZさん、そして「ラジオの声の主」様に感謝すると共に、国際短波放送情報の細谷さんやBCLは趣味の王様BBSのせきやまさんからも同様の情報をいただきました。 ありがとうございます。

 さて、1989年1月20日の日本語放送開始初日の受信音ですが、せっかくなので30分のフルバージョンを公開します。 こちらのサイトにアップロードしましたのでどうぞ。 ただし、例によって中国局の混信が続いているのであまり良好なものではないかも知れません。 なおこの録音ファイルでモンゴルの声に受信レポートは出さないでくださいね(笑)。

 受信当時私は既に社会人(気分はラジオ少年のままですが 笑)。高校や大学時代からは短波放送よりはアマ無線に凝っていた時でした。HFの無線機にそれなりのビームアンテナを上げていたので、ハイバンドではたまに短波放送にダイアルを合わせることがありました(21700 kHzのラジオプラハとか)。 当時は本当にたまたまRadio Ulanbator の英語放送にダイヤルを合わせていたら We will start Japanese Language Program....と言っていたので耳を疑いました。 これをきっかけに、高校以降中断していたBCL/SWLを少し再開することになります。 ラジオはSONYのICF-SW7600とか小型高性能だし、1991年にはソ連も崩壊、ロシアには怪しげながらも楽しい局が沢山出てきましたね。 

 まあそれでも数年で仕事が忙しくなり再びラジオ関係のホビーはお休み。 そして次の再開のきっかけとなるのが山田耕嗣先生の訃報...各日本語放送で追悼番組を聴くところから始まります。 しかしこの時久しぶりに聴いた各局の変化に驚き...中でもモスクワ放送・ロシアの声で当時のいちのへさんや女性アナたちによる「ガバリーモスクバ!」の美声には魅せられてしまいました。 ソ連時代では考えられなかったノリの良さです(笑)。 そしてSDRとか小型ループアンテナなど新しい技術にも引きつけられ、短波放送がどんどん廃止される中でも再開の道を歩み、このブログも始めて現在に至っております。  さて次は何が待っているのでしょう。

 ラジオウランバートル・モンゴルの声日本語放送も再来年は30周年なのですね。 ぜひとも盛り上がって欲しいものです。


ウランバートル放送局 日本語放送開始初日の受信音 [アジア]

皆様 本年もどうぞよろしくお願い致します。

先日、昔の録音テープを探している時に偶然見つかったのが、ラジオ・ウランバートル(現モンゴルの声)日本語放送の開始初日の受信音。すっかり紛失したものと思っていました。

受信地: 新潟県上越市
周波数: 12015 kHz  
受信日: 1989年1月20日
受信時刻: 21:00〜21:30 JST
受信機: Kenwood TS-440S
アンテナ: ロングワイヤー

西暦1989年という数字だとピンとこないかも知れませんが、この年は平成元年になります (昭和天皇の崩御が1月7日)。 1月20日から日本語放送が開始されることについては1週間前に偶然聞いた同局の英語放送中のアナウンスにより知りました。 放送開始当日は待ち受け受信で録音装置をセット。 ところがキャリアは確認されるものの 21:00 になっても無変調のまま。 21:04 になって突然音楽が流れて日本語放送開始の挨拶で始まりました。 この局は0分に必ずお決まりのISで始まるはずですが、どうも送信機のトラブル(スイッチ入忘れ?)みたいで記念すべき日本語放送開始初日のISはON AIRされなかったようです。 日本語の局名呼称はラジオ・ウランバートルではなく 「ウランバートル放送局」とアナウンスされています。

下の録音ファイルは、①放送開始の記念すべき瞬間(スイッチ入忘れ?でしばらく無変調)→海外放送部編集長ダムジンドルフ氏による日本語放送開始の挨拶の部分、そして ②番組終了時のアナウンスの部分です。 北京放送と思われる中国語局が強く混信しています。 終了アナウンスによると当時のスタッフはダシニャムさん、ボルマさん、トゥムルバートルさんの3名。

①日本語放送開始の挨拶 (中国語局の激しい混信あり)

②番組終了時のアナウンス

もちろんこの日の受信報告書を出しました。 放送を聴いた時の日本語の質的な印象から英語で書いてしまったのですが、ボルマさんから次回から日本語で書いてほしいとの丁寧な直筆のお返事をいただきました。 もらったQSLカードの受信日が間違っていて残念...。

RU_QSL.jpgRU_QSL2.jpg

ちょうどこのころに KDXC (関東DXers サークル) に入会。 会誌への初レポートがこの受信でした。 それまで会誌 CALL SIGN は秋葉原のカクタX-1に陳列されていたのを購入していましたが、内容が本当に盛りだくさんでしたね。 当時の編集長は関山さん(現せきやま☆あすかさん)でした。

KDXC.JPG